演奏技術が高いだけはダメ

80年代のロックギターシーンは、メタルブームの影響もあり、非常に高いテクニックを有したギタリスト達が多く輩出された時代でした。しかし、次から次へと登場してくるテクシャンたちの中には、肝心の音楽性をないがしろにしたテクニック至上主義者も少なくなく、リスナーがそんなテクニック競争についていけなくなるのに、それほどの時間はかかりませんでした。
テクニック”だけ”すごいギタリストがいても、それはどちらかというと曲芸としてしか見れませんよね。やっぱりミュージシャンとして大成しようと思ったら、楽器の演奏技術以外にも何か光るところがなければいけないのです。
今から見ると当時は、エレキギター・バブルとも言える時代だったのでしょうね。
80年代を代表するギタリストの一人
当然、テクニックはあるけど音楽性はイマイチというギタリストは、そのうち消えていくことになり、しっかりとした音楽性を持った人たちだけが、真のミュージシャンとして残ることになります。
逆に見れば、80年代に世に出たギタリストで、その後も長く活躍した人は、高いテクニックと音楽性を持ち合わているとも言えますね。そんな80年代ギタリストのトップに君臨するのがポール・ギルバートです。
5歳の誕生日プレゼントがギター
ポールは、1966年11月6日にアメリカのイリノイ州で生まれ、3歳からはペンシルヴァニア州のピッツバーグで育ちます。彼の一家はロックに対して寛容的であり、ポールの5歳の誕生日には、父親からギターをプレゼントされています。
既にこの頃には、ジミ・ヘンドリックスのアルバムも買い与えられていたようですが、さすがに5歳の子供にジミヘンを理解するのは難しく、彼の興味はメロディーラインが綺麗なビートルズなどに向けられていたらしいですね。

ギターを親からもらったポールは、一応レッスンも受けるものの、譜面を見るのが嫌になって挫折。その後は自己流でテクニックを磨きますが、11歳になると基本の大切さに気付いて再びレッスンを受けるようになります。
何事もそうですが、基本を疎かにして成功する人はいません。でも基本というものは、大抵の場合退屈な反復練習を伴うもので、それに嫌気がさして一足飛びに応用に行ってしまいがちなんですね。自分で基本の大切さに気付けるというのは、一種の才能なのかも知れませんね。
ただし、この時点でも彼の興味は、ビートルズ系のいわゆる”歌もの”に向いており、ギタリストとして覚醒するにはもう少し時間が必要でした。
運命を変えた2枚のアルバム
そんな彼に衝撃を与えたアルバムが、ヴァン・ヘイレンのファーストアルバム「Van Halen」(邦題:炎の導火線)と、フランク・マリノ&マホガニー・ラッシュの「Live」でした。
78年にリリースされたこの2枚のアルバムのギタープレイに度胆を抜かれた彼は、それまでのヴォーカル重視路線から一転してギター一筋になり、その才能を開花させていきます。
17歳になると、プロのギタリスト養成学校であるロサンゼルスの「GIT」に入学。ここではなんと、入学してからわずか1年後に講師になるという、突出した能力を見せつけています。この時期には、初めてのプロバンドである”BLACK SHEEP”にも参加していますね。
レーサーX始動
そして1986年、事実上彼の為に作られたバンドとも言える”レーサーX”で、キャリアを本格的にスタートさせます。
ちなみにポールは、一時期日本に住んだり、奥さんが日本人であったりするなど、かなりの親日家として知られているのですが、このバンド名も、日本のアニメ「マッハGoGoGo」に登場する覆面レーサーXから取られたものなんですよ。

ファーストアルバムの「Street Lethal」(86年)に続き、メンバーにGIT時代の教え子であるブルース・ブイエを加えたセカンドアルバム「Second Heat」(87年)をリリース。
この2枚のアルバムは、80年代のテクニック競争を象徴する作品であり、クラシカルでスピーディー、そして超絶技巧が散りばめられた内容となっています。
レーサーXで本格的に活動を始めたポールですが、当初こそイングヴェイ以上のテクシャンとして注目を集めますが、テクニックを前面押し出したプレイスタイルは、どうしてもファンを選んでしまい、バンドの活動も限定的となってしまいます。
そしてMr.Bigへ
ポールは殻を破れずに苦しみますが、そんな折、一本の電話が入ります。電話の相手は、ベーシストのビリー・シーンでした。GIT時代に顔見知りであったビリーの電話は、ある企画への参加依頼だったのですが、とんとん拍子に話が進み、あっという間にバンド結成の話となります。
1週間後にはヴォーカルにエリック・マーティン、ドラムにパット・トーピーが参加することが決まり、かのバンド”Mr. Big”のメンバーが出揃うことになります。そして89年にファーストアルバム「Mr. Big」をリリース。ここにポール・ギルバートの黄金期がスタートしたのです。
(その2)に続く


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