有能プロデューサーの顔を持つレジェンド・ギタリスト(ジミー・ペイジ編:その2)

エレキギター

この記事は全2回中2回目です。  (その1)を読む

伝説的名盤の4thアルバム

デビューアルバム「LED ZEPPELIN」とセカンドアルバム「LED ZEPPELIN II」が立て続けにヒットし、押しも押されぬトップ・スターの座に上り詰めたジミー・ペイジ率いるレッド・ツェッペリン。

サードアルバム「LED ZEPPELIN III」(70年)はアコースティック色を打ち出したこともあって、否定的な意見も少なからずあったのですが、セールス的には好調を維持し、チャートNo.1を獲得します。

そして71年、名曲「Stairway To Heaven」を含む4thアルバムをリリース。ファンの方の間では常識となっている話ですが、実はこの4thアルバムには正式なタイトルがありません。いや、それどころかジャケットにはレッド・ツェッペリンという名前すら書いていなかったのです。

4枚目のアルバムは表に何も書いてない

さすがに、これには販売元のレコード会社(アトランティック・レコード)から是正するよう要請があったようですが、ツェッペリン側は頑として譲らず、要求どおりにするまでマスターテープをレコード会社に渡さないという強行策に出たという逸話もあります。事情を知らない人が当時のレコード店でタイトルもアーティスト名も書かれていないレコードを見た時には、自分の目がおかしくなったのかと思ったことでしょう。

こうした理由についてジミー・ペイジは、「僕等は純粋に音楽だけを評価の基準にして欲しかったんだ」「所詮バンド名なんて何の意味がある?レッド・ツェッペリンって何?大事なのは僕等の音楽なんだ」と語っています。いやはや、ロックですね~。(笑)

まあそれまでの3作のアルバムタイトルが単なるアーティスト名+数字だったことを考えれば、ペイジならずとも何かの捻りを入れたくなるところではありますね。

とはいえ、さすがにアルバム名が無いと識別しにくいので、四作目は便宜的に「LED ZEPPELIN IV」や「Four Symbols」などと呼ばれていますね。この4作目まででハードロックの帝王としての座を揺るぎないものにした彼らは、続く「Houses Of The Holy」(73年)以降はハードロックの枠を越えた幅広い音楽性へと変化していきます。

“レッド・ツェッペリン”解散

その後、ドラムのジョン・ボナームの死去により、80年にバンドは解散。ペイジは元バッド・カンパニーのポール・ロジャースと”ザ・ファーム”を組むなど、いくつかのプロジェクトに参加し、88年にソロアルバム「Outrider」を発表します。

バンドを解散して新たな道へ

実質的にこれが最初で最後のソロアルバムとなります。いえ、ペイジはまだ完全に引退したわけではないので、最後となるかどうかはわかりませんが、まあさすがに今からはねぇ・・・。

この少し前、85年にはライブエイドでフィル・コリンズによってステージに引っ張り上げられ、レッド・ツェッペリン名義での演奏を行ったこともありました。

単発だが再結成ライブも

ソロアムバムをリリースした同年に開催されたアトランティック・レコード40周年コンサートには、ジョン・ボーナムの息子のジェイソン・ボーナムをドラムに抜擢し、レッド・ツェッペリンとしてのライブ・パフォーマンスを披露。

以降、幾度かこのメンバーでツェッペリンのライブパフォーマンスが行われており、特に2007年12月にロンドンで行われたチャリティーライブでは全盛期を彷彿とさせるパフォーマンスを見せ、大喝采を浴びています。

ソロ活動

ペイジ自身の活動としては、93年に元ディープ・パープルのデイヴィッド・カヴァーデイルと、カヴァーデイル・ペイジを結成し、1枚のアルバムをリリースしてライブツアーを行っています。

このライブツアーは、ペイジ側の都合で結果的に日本だけしか行われなかったため、実際に会場で音を聴けた方は非常に幸運でしたね。ペイジは、レッド・ツェッペリン後もボーカルであったロバート・プラントと活動を共にする機会が多く、ペイジ&プラントを結成してアルバム発表・ライブツアーなども行っています。

ロバート・プラントとは付き合いが長い

ジミー・ペイジのプレイスタイル

さて、ペイジのギターのプレイスタイルですが、どちらかというテクニックを見せつけるタイプではなく、曲の良さを引き出すフレーズの入れ方が上手いタイプだと言われています。確かに、ペイジがすごいスピードで指を動かしているところは、あまり見たことがない気もしますw

ギタリストとしてだけではなく、曲全体のアレンジを考えてプロデューサー的な視点で見ることができ、ギターソロもきっちりと曲の中で収束するように弾いています。こういうとろがスタジオ・ミュージシャンとしてのキャリアで培ったスキルなんでしょうね。

ライブではヴァイオリンの弓を使ったりして色々な演出を加えていますが、その源流はやはりブルースにあり、そこに民族音楽のエッセンスを取り込んだりして、自由な発想を加えていくのがジミー・ペイジ流と言えるでしょう。

また、ギターを立って弾く時に、ギターを通常よりかなり低い位置に構えるのも特徴的で、ツェッペリン時代のペイジを見た当時のギター・キッズたちは、レス・ポールは低ければ低いほどカッコイイとし、こぞってストラップを長くしたものです。

ジミー・ペイジの使用ギター

ペイジの使用ギターとして代表的なのが、1958年製(59年製という説もあります)レス・ポール・スタンダード(通称No.1)。チェリーサンバーストのカラーが退色によって全体が黄色くなっており、レモンドロップと呼ばれていますね。

表面に左右非対称に貼り合わされたメイプル材の木目がはっきりと確認でき、これがまたカッコいいのですよ。このギターは、過去に何度かギブソンから復刻モデルが発売されていますが、今現在(2026年2月)は生産されていません。

レスポールの代表的な奏者の一人であるペイジのシグネチャーモデルが作られていないのは、なんだか不思議な気がしますが、これにはいくつか理由があるようです。

まず、大量生産してしまうと、「価値」が下がってしまうこと。完全限定品として、たまーに生産すれば、レア度が高く維持できて価値も上がるというギブソンの思惑があるようです。

レア度を維持して価格上昇

次に、製造に非常に手間がかかること。ペイジモデルのレスポールは、非常に細かい部分にまでこだわって再現されているため、製造に高い技量とコストが要求されます。なので、レギュラーライン化が難しいのだそうです。

また、ギブソンの経営状態もこれに関わってきます。ギブソンは2018年に事実上の倒産をしています。このような状況から、手間もコストもかかるギターの生産は優先度が低くなってしまった、という背景があるようです。

とはいえファンからすれば、是非もう一度復刻モデルを作ってもらいたいところではありますね。(出来ればリーズナブルな値段で(笑))

もう一本有名なギターとしては、「Stairway To Heaven」でも使用されている、ギブソンEDS-1275。SGをベースにした、6弦&12弦のダブルネック仕様のギターです。ぶっちゃけ、重たいです。(笑)こちらのギターは、なぜかちゃんとシグネチャーモデルが販売されていますね。

他にもツェッペリン初期に使用していた、フェンダー・テレキャスター”Dragon Telecaster”や、No.1のサブギターとして使用されていたレスポール・スタンダード(59年製、通称:No.2)なんかも有名ですね。

近年は表舞台に立つことがめっきり減ってしまったペイジですが、年齢的に厳しい部分があるのは仕方ないのかも知れません。完全に引退したというわけでは無いようですが、今後は無理をせずに、健康で穏やかな余生を過ごして欲しいですね。

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