孤高の天才ギタリスト、ジェフ・ベックの足跡を辿る(その1)

エレキギター

この記事は全2回中1回目です。  (その2)を読む

十代はロックの黎明期

“孤高のギタリスト”とも呼ばれるジェフ・ベックがイギリスのサリー州に誕生したのは、1944年6月4日のことでした。子供のころは親の勧めでピアノ、ヴァイオリン、チェロなどを弾いていたそうです。なんか有名なギタリストってやっぱり子供のころから音楽やってる人が多いですね。やはり英才教育が大事か・・・。

子供は上達が速い

ベック少年が12歳になると、世の中はロックンロール・ブームの真っ只中。そのブームの影響でギターに興味を持った彼は、友達から弦が3本しか張られていないオンボロのアコースティック・ギターを手に入れます。いやもうそれ、ゴミを押し付けられただけだろw

もちろんそれだけでは飽き足らないベックは、13歳になると自分でエレキギターを作ろうと思い立つのですが、何とピックアップは店から万引きしたもので、その自作のギターをラジオにつないで練習していたそうです。

昔のことだから笑って済みますけど、万引きして部品を揃えましたとか言うと、今だとちょっと問題になりそうですよね。(笑)まあ、自分で作ろうと思った姿勢だけは評価するw ドロボウ、ダメ、ゼッタイ!

そして彼が、15歳の時に最初に組んだのが”デルトーンズ”というバンド。一般的には16歳の時に学校の友人と組んだ”ナイト・シフト”が最初と言われていますが、1991年にリリースされたCD3枚組のボックスセット「Beckology」に付属しているブックレットには、”デルトーンズ”の記述があり、写真も掲載されていますので、最初は”デルトーンズ”で間違いないと思われます。

その後イギリスではブルース/R&Bが盛り上がりを見せ始め、ベックもそちらに傾倒していき、63年に”トライデンツ”に参加。プロギタリストして本格的なスタートを切ります。

私たち日本人の感覚からすれば、R&Bって割と大人が聴く音楽のイメージがあると思うのですが、トライデンツ時代のベックはまだ弱冠19歳。今の時代で19歳が「R&Bやってます!」って言ったら、ちょっとビックリしますよね。私なんか19歳のときは浜省ばっかり聴いて、カラオケで歌いまくってましたねぇ。

若き日のジェフ・ベックはレス・ポールにあこがれた

「Beckology」にはトライデンツ時代の音源も収録されていて、この頃のベックのプレイは、レス・ポール(ギターのレスポールではなく、ギタリストのレス・ポール氏のほうです)の影響が色濃いものの、この時点で既に”ジェフ・ベックらしさ”を感じることが出来ますね。

ヤードバーズへの参加

きっかけはジミー・ペイジの紹介

64年になると、友人のジミー・ペイジ(ペイジは、ベックの双子の姉と同じ学校に通っていました。)に紹介される形で、エリック・クラプトン脱退直後の”ヤードバーズ”に参加。ということは、ベックは双子の姉とは一緒の学校ではなかったんですね!何でだろ・・・?

ちょうどこの頃にヤードバーズは「For Your Love」がスマッシュ・ヒットとなり、当時の写真や映像などではベックがギターを弾いていることが多いのですが、リリース自体はクラプトン在籍時でしたので、ベックはレコーディングには参加していません。

ジェフ・ベックとジミー・ペイジのツインギター

66年になると、ジミー・ペイジもヤードバーズに合流。ペイジは当初はなんとベースを弾いていました(ごく短期間でした)が、すぐに代わりのベーシストを加入させ、ベックとペイジのツインギター構成となります。ペイジがベースを弾いたのは、ベックがそう提案したからですが、ベース経験のないペイジにベースを弾かせて、自分はちゃっかりギターを演奏するとか、ジャイアン度が高すぎるww

でもこれは今考えると、ほんと夢のような競演ですね。しかし、このツインギター体制はあまり長続きせずに、ペイジにギタリストの座を譲る形でベックはヤードバーズを去ります。

なお、ヤードバーズ在籍時には、バンドで映画(ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」)に出演しており、この中にはベックがギターをアンプに叩き付けて破壊するという、エキセントリックなシーンが収録されています。

ヤードバーズ脱退後

ヤードバーズ脱退後、ベックはソロ活動を開始し、「Hi Ho Silver Lining」などのヒット曲をリリースします。ちなみにこの「Hi Ho Silver Lining」のB面には「Beck’s Bolero」という曲が収録されている(アルバム「Truth」にも収録されています。)のですが、この曲にはジミー・ペイジが12弦ギター、ジョン・ポール・ジョーンズ(レッド・ツェッペリン)がベース、キース・ムーン(ザ・フー)がドラムという超豪華なメンバーが顔を揃えています。

“ジェフ・ベック・グループ”を結成

1967年になると、再びバンドを結成。ヴォーカルにロッド・スチュアート、ベースにロン・ウッドらを迎え、第1期”ジェフ・ベック・グループ”が誕生し、68年にはアルバム「Truth」をリリースします。しかし、メンバー間の確執によってグループは解散します。

バンドの結成と解散を繰り返す

ところでこのバンド、上記の3人以外のメンバーがなかなか固定されませんでした。特にドラムは頻繁に交代しており、わずか2年ほどの活動期間なのに、なんと6人も交代しています。ベックって、ドラムになんか恨みでもあるのかw

続いて元ヴァニラ・ファッジのカーマイン・アピス、ティム・ボガートと新グループの結成を画策しますが、ベックが交通事故で重傷を負ってしまった為に、この話は立ち消えとなります。

怪我が癒えたベックは、コージー・パウエル、マックス・ミドルトンらと第2期”ジェフ・ベック・グループ”を結成。71年に「Rough And Ready」、72年に「Jeff Beck Group」(通称”オレンジ”)の2枚のアルバムをリリースしています。

この第2期は、ジェフ・ベックの活動の中でも最も充実した時期と言わていて、第1期がブルース系のハードなサウンドを追及していたのに比べると、第2期はブラック・ミュージックの影響を強く受けていて、最もバンドしてまとまりのある音になっています。

ただ、このバンドも好調であったのにもかかわらず、短期間で解散してしまいます。そう、もうお気づきでしょう、ベックは同じ人と長く一緒に仕事ができないタイプの人なのです。このへんが”孤高のギタリスト”と呼ばれる所以ですね。

この続きは(その2)で!

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