ギター好きなら絶対知っておくべきギターメーカー(フェンダー編:その2)

エレキギター

この記事は全2回中2回目です。  (その1)を読む

フェンダー・ジャパン設立

CBS社に買収されて路線変更を行ったことで、評価を大きく落としたフェンダーですが、このCBS時代には復活の種もまかれていました。それは、フェンダー・ジャパンの設立です。

1980年代の日本製品は世界的に高評価を獲得

フェンダーのブランド力と日本の技術力の融合

フェンダー・ジャパン社が設立されたのは1982年のことですが、当時のフェンダーはまさに暗黒時代とも言える状況で、日本製の廉価なコピーモデルに価格でも品質でも劣っていると言う状況でした。この頃の日本製品はギターに限らず何でも高く評価されるようになり、自動車のトヨタなんかは、当のアメリカ人が「アメリカの車よりトヨタの方が良いに決まってるだろ」とか言ってしまうほどでした。(トヨタに関しては、今でもそう言う人がいそうですが)まさに、メイド・イン・ジャパンが日の目を浴び始めた時期なのです。

ちなみにその時にコピーモデルを作っていたのは、主にトーカイやアイバニーズ、グレコなどの国内ブランドだったのですが、これらのブランドはフェンダーだけでなくギブソンのコピーモデルについても高い評価を獲得していました。この頃は権利関係に対する意識があまり高くなく、コピーモデルを作っている会社も、それほど悪いことをしている意識はなかったと思います。つまり、単に「アメリカ製のギターって、ウチらが作ればもっと安く作れて、いっぱい売れるんじゃね?」という感覚があっただけなのだと思います。

もちろんこれは、法律上は問題ありましたし、本家本元であるフェンダーやギブソンにとっては、全く面白くない話です。結果、業を煮やした二社が訴訟に至り、これがきっかけで日本国内のギターメーカーもモラルを問われる状況が生まれまることになります。

コピーモデルが本家に認められる

しかしここで、フェンダーはあることに気付くのです。ネームバリューはあるけど品質低下に苦しむフェンダーと、品質は高いけど偽物と言われる日本製ギター。互いに足りないものを持っている、という事に。

普通なら自社のコピー製品を作っていた会社と協力関係になることなど有り得ないのですが、フェンダーは元々ギターの常識を打ち破るような革新的な製品を生み出してきた企業で、非常に合理的な考え方をする社風がありました。そもそもフェンダーの製品自体が合理性の塊みたいなものだったので、そうなるのも当然かもしれませんね。

そしてその革新的かつ合理的なスピリットは、CBS傘下の暗黒時代にあっても消えることなく生き残っていたのです。

こうしてフェンダーは、アイバニーズやグレコのギターの製造を行っていた富士弦楽器製造(現:フジゲン)、グレコブランドを所有する神田商会、楽器流通大手の山野楽器と共にフェンダー・ジャパンを設立するのです。コピーモデルが本家のOKをもらって、コピーでなくなったんですね。

一時は米国工場が無くなる

その後、1985年にCBSはフェンダーの経営から撤退。呪縛から解き放たれた当時のフェンダー関係者は、「よし、これでまた元通りになる!」と思ったはずです。しかし、そうは簡単に話は進みませんでした。

なんと、CBSは経営権を売却したのに、肝心の工場は一緒に売却しなかったのです。つまり、何にも作れない。CBS・・・オラはオメーのこと嫌いになりそうだよ・・・(泣)CBSに「テメーら日本の会社にギター作らせてんだから、工場なんて持つ必要ねーだろぉ!」と言われたかどうかは知りませんが、とにかくどうにかしてアメリカに工場を立ち上げないといけません。さすがに全て日本製となると、アメリカ人としては辛いでしょう。

アメリカに工場を再建するプロジェクトが立ち上がる

この状況で白羽の矢が立ったのが、フェンダー・ジャパンを共同運営するフジゲンでした。フジゲンの技術支援のもとフェンダー社は現在の主力工場であるコロナ工場を設立し、さらにフジゲンと共同出資して1987年にフェンダー・メキシコを立ち上げます。

又、同年にはカスタムオーダーを受注し製作する部署である、フェンダー・カスタムショップの前身部署も設立されています。フェンダーの復活には、当時好景気に沸いていた日本企業の力があったんですね。

バブル崩壊による再編

順調な経営になるかと思われたフェンダー・グループですが、今度は日本にバブル崩壊が起こります。バブルの崩壊によって経営が苦しくなったフジゲンは、1997年にフェンダー・ジャパンとフェンダー・メキシコの株式をフェンダーに売却することで、危機の脱出を図りました。その後フジゲンはギター製造を継続する傍ら、自動車の内装部品を作る会社としても成長しています。

これにより、フェンダー・メキシコは、フェンダーの完全子会社となります。さらに、フェンダー・ジャパンはスクワイアと統合され、会社としては消滅。ただし、神田商会がフェンダーとコピーライセンス契約を行った為、1997年以降は神田商会のプライベート・ブランドとしてフェンダー・ジャパンは存続します。

フェンダー・ジャパンはブランド消滅を回避

この神田商会傘下のフェンダー・ジャパンの製造を、フジゲンに代わって行った会社の一つにトーカイがありました。トーカイは、コピーモデルの生産に関するフェンダーの訴訟相手であり、それが原因で1984年に一度倒産しているのですが、時を経てフェンダー・ジャパンのギターを作るなんて、なんだか皮肉なものを感じますね。

そしてそのトーカイの下請けとして生産に関わっていたのが、現在もMade in Japanシリーズの生産を担当するダイナ楽器(本社:長野県茅野市)でした。

フェンダー・ジャパンの消滅

そして2015年3月、フェンダーはそれまで日本の輸入総代理店であった山野楽器との契約を打ち切り、4月から自ら立ち上げたフェンダーミュージック株式会社を日本国内の流通窓口としました。

それと同時に神田商会とのコピーライセンス契約も終了させたため、フェンダー・ジャパン・ブランドが消滅することになり、その後をフェンダーのジャパン・エクスクルーシヴ・シリーズ(製造はダイナ楽器)が受け継ぐ形となりました。

ダイナ楽器が日本の生産拠点となる

さかのぼって2006年にはギブソンが先に日本法人を設立し、山野楽器との代理店契約を解消している経緯があるのですが、これによりギブソンはコピーモデルを販売している楽器店には自社の製品を卸さないという方針を打ち出しました。

また、ある程度まとまった量でしか注文を受けないため、小さな楽器店ではギブソンの製品を仕入れることができないという状況も発生しました。この結果、ギブソンの製品を取り扱わなくなった楽器店が増えてしまった時期もありました。さすがに、消費者にとってはあまり有り難くない事態だったので、現在はギブソンが定める正規販売店であれば、同社の製品を購入することができます。

フェンダーの場合は、ギブソンほどの厳しい規制はなかったようですが、やはりこちらも原則的に正規販売店での購入となるようですね。

2017年には、ジャパン・エクスクルーシヴ・シリーズを廃して、製品ラインナップをリニューアル。現在も製造されているMade in Japan(MIJ)として、ユーザーのニーズに応え続けています。

今のフェンダーはトヨタ系!?

さて、肝心のフェンダー本体の方ですが、2020年にハワイの自動車販売代理店であるServco社の傘下となっているのですが、このServco社はトヨタの販売代理店なのです。なので、今はフェンダーとトヨタは少し遠い親戚みたいな関係になっていますね。

インドネシア製フェンダーの登場

フェンダーの生産拠点は、本家のコロナ工場、子会社のメキシコ工場、そして日本のダイナ楽器と主に三か所というのが長らく続いていました。しかし、驚いたことに2025年からStandardシリーズの生産をメキシコ工場から、子ブランドのSquierの生産を委託している韓国のコルテック社(工場はインドネシア)に移行させています。

一部のモデルはインドネシア工場で生産

このStandardシリーズ、複数の方の意見を聞いてみましたが、Fenderのロゴが貼ってあるけど、中身は実質的にSquierというのが現時点での評価なようです。(Squierが悪いと言っている訳ではありません。SquierにはSquierの良さがあるし、ちゃんと良質なものを作っていると思います。)

実際、スペック表を比較すると、StandardシリーズはSquierのAffinityシリーズに近い仕様のようですね。

フェンダーがインドネシアでの生産に踏み切った理由としては、複数の要因があるようですが、やはりトランプ関税が大きく影響していると私は思います。2025年は、アメリカがメキシコ製品に対して高関税をかけようとしていましたので、まずは一番低い価格帯のStandardシリーズを試験的な意味も含めて、インドネシアに移したのだと思います。

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フェンダーのギターはギブソンなどに比べて価格帯に幅があり、それほど高くない価格のギターも生産されていますので、巨大メーカーでありながら比較的リーズナブルと言えますね。

以上、フェンダー社の歴史を二回に渡ってざっとご紹介しました。世界的なギターブランドであるフェンダーは、日本との関係が深い会社なんですね。近年は日本製ブランドに大きな動きが見られましたが、今後も良いギターを作り続けていって欲しいですね!

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